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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)242号 判決 1964年6月15日

控訴人 大谷重工業株式会社

右訴訟代理人弁護士 吉田鉄次郎

田中藤作

柳瀬宏

被控訴人 株式会社幸福相互銀行

右代表者代表取締役 頴川徳助

右訴訟代理人弁護士 毛利与一

島田信治

増井俊雄

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、金一二、六〇七、〇二〇円、及び内金一、〇〇〇万円に対しては昭和三一年四月一三日以降、内金二、六〇七、〇二〇円に対しては昭和三四年二月二一日以降各完済にいたるまで年五分の金員の支払をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

本判決は、控訴人が金四二〇万円の担保を供するときには、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文第一項ないし第三項同旨の判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において、

一、控訴人の使者大谷勇が昭和三〇年一二月二二日控訴人提出の約束手形一五通(金額いずれも二〇〇万円、満期昭和三一年四月二日、同月一二日、同月二二日各五通、支払場所いずれも大和銀行尼崎支店)を木村支店長に割引のために交付するに際し、控訴人と木村支店長との間において、昭和三〇年一二月二四日までに右約束手形等を割引くことができないときには、木村支店長は控訴人にこれ等を同月二五日には返還すべきことを約した。然るに、木村支店長は割引ができないにも拘らず、右約束手形等のうち五通(満期昭和三一年四月二日のもの四通、同月一二日のもの一通)を昭和三〇年一二月二五日までに返還せず、そのため、控訴人は後記のとおり、金一二、六〇七、〇二〇円(但し、一部弁済金一、〇五八、三四〇円を差引き)相当の損害を蒙むつた。手形割引行為は銀行業務に属するので、木村支店長のなした右約束手形割引行為については被控訴人が責任を負うべきである。仮に手形割引行為が銀行業務に属しないとしても、手形を預かる行為は銀行業務に属するから、木村支店長のなした右約束手形五通を控訴人から預かつた行為については被控訴人に責任がある。木村支店長に手形割引行為及び手形を他から預かる行為をなすについての権限がないとしても、木村支店長は被控訴人の南田辺支店長として、預金取引その他これに関連する取引につき被控訴人を代理してなす権限を有することは明らかであるから、木村支店長のなした右約束手形の割引についても権限ありと信ずるについての正当の理由を有しているものである。仮に然らずとしても、木村支店長は被控訴人から支店長の地位と名称を与えられて被控訴人南田辺支店長として取引をしているのであるから、民法一〇九条又は商法四二条により被控訴人は控訴人に対して、右約束手形の割引について責任がある。そうすれば、木村支店長が控訴人から右約束手形五通を預かつたことに基づく損害について被控訴人が責任を負うべきことは明らかである。

二、甲第一号証に関する被控訴人の主張を否認する。木村支店長は昭和二〇年一二月二二日控訴人から前記約束手形一五通を被控訴人が割引くことを承諾して受取り、木村支店長名義の大洋物産株式会社宛の預り証を作成して、控訴人に交付したものである。と述べ、

被控訴代理人において、控訴人主張の一、は否認する。

木村仁郎は控訴人に対し、個人として、前記一五通の約束手形をある会社の取引銀行の枠で割引くよう斡旋し、被控訴人が割引くのではないことを控訴人に打明けていたのであり、控訴人は木村仁郎の真意を知つていたのであるから、昭和三〇年一二月二二日木村支店長名義で大洋物産株式会社宛に発行された預り証(甲第一号証)は、心裡留保に基づく無効のものである。

と述べ、立証として、控訴代理人において、当審証人≪中略≫の各証言を援用したほかは、原判決事実欄に記載しあると同一であるから、これを引用する。

理由

一、控訴人は尼崎市西高洲町三一番地に尼崎工場をもつているが、昭和三〇年一二月二二日同工場のため金融を得るべく同日付振出の約束手形一五通(金額いずれも二〇〇万円)を被控訴人の南田辺支店に持参し、当時同支店長であつた木村仁郎に交付したこと、右手形はいずれも融通手形であるのを木村仁郎、控訴人及び大洋物産が相通じて、大洋物産において裏書をなし、商業手形の体裁をそなえたものであることは当事者間に争がない。

二、そこで、控訴人主張の手形割引契約の債務不履行に基づく損害賠償請求について判断する。

(一)  ≪証拠省略≫を綜合すれば、大浦清徳こと山崎規男は坂本一郎と共謀して大洋物産から割引を斡旋する名目で手形を騙取することを企て、その機会を狙つて大洋物産に出入りしていたところ、偶々控訴人が金融に苦慮していることを聞くに及び、控訴人から手形を騙取することに方針を変え、山崎規男において、大洋物産の専務取締役中島貫を通じて控訴人に働きかけ、被控訴人の南田辺支店はいわゆる導入預金(預金元帳に載せず、銀行が裏利を支払うこととして受入れた預金)六〇〇〇万円をもつているから日歩八銭で借りるようすすめ、その躊躇するや、控訴人名義で金三、〇〇〇万円の手形を振出してくれるならば、被控訴人の南田辺支店でその手形を日歩四銭で割引いて貰えることになつた、しかし、急いで借受の約束をしないと同南田辺支店としては預金者に支払う裏利の工面に困つていると暗に急いで借受契約をしないと導入預金を預金者に返還するかも知れないかの如き言をにおわして借受契約の締結をせかし、一方坂本一郎の紹介で、預金成績があがらないためその対策に腐心していた被控訴人の南田辺支店長木村仁郎に近ずき、同人に「大洋物産株式会社大浦清徳」と記載した名刺を差出したうえ、自分が大洋物産の金融顧問であると吹聴して、同人をしてそのように信じこませ、控訴人から大洋物産宛に振出される三、〇〇〇万円の約束手形を割引いてくれるよう、もしそれができなければ自分が他で割引くから、右約束手形を預かるだけでも預つて貰いたい、割引ができたときには、控訴人及び大洋物産をして被控訴人南田辺支店に相当額の預金をさせると申向けて、右手形を預かることを承知させたこと、中島貫は山崎規男の言を信じて、日歩四銭で手形の割引ができることは控訴人にとつても利益であると考えて昭和三〇年一二月二〇日大洋物産の社長山崎良太郎を通じて控訴人に右山崎規男の言を伝え、自分でも南田辺支店に木村支店長を訪ねて導入預金六、〇〇〇万円の有無を尋ねたところ、同支店長はある旨答えたこと、翌二一日控訴人の経理課長林繁雄、大洋物産経理課長安田喜代己は同支店に行き、手形割引金は手形と引換に貰えるかを質したところ、同支店長は手形は被控訴人が割引くのではなく、ある会社がその取引銀行にもつている手形割引の枠内で割引くのであるから、手形は一旦預けて貰わなければならないと答えたこと、同日同支店長は南田辺支店において控訴人の常務取締役大谷勇に対し同支店には資金の準備がないが、ある会社のその取引銀行にもつている手形割引の枠を利用して割引くものであるため手形と引換に現金を渡すことはできない、しかし、そのときは支店長名義の預り証を発行し、手形を第三者に渡すようなことはしない、手形の割引期限を手形受領後二日以内とし、かつ、同期限までに右の趣旨にそつて割引ができない手形は直ちにこれを控訴人に返還すべき旨約したこと、翌二二日前記控訴人の林経理課長は大洋物産の安田経理課長を同行して前記約束手形一五通その他を被控訴人の南田辺支店に持参して木村支店長に交付し、同支店長から引換に約束手形一五通の預り証(甲第一号証)を受取つたが、その預り証は被控訴人のところで常用されている被控訴人名の印刷されてある用紙に、ゴム印で「大阪市阿倍野区桃ヶ池町二の四四、株式会社幸福相互銀行南田辺支店長木村仁郎」、その下に丸印で「南田辺支店長印」と押捺されていたこと、控訴人は右割引依頼の際木村支店長から担保の差入、約定書の作成等を要求されなかつたが、木村支店長は前に被控訴人の尼崎支店長をしていた経験があり、そのため控訴人の経理内容を十分知つていて、それを要求しなかつたものと考えていたこと、右約束手形一五通が木村支店長に預けられる現場に立会つてそれを確認した山崎規男は、右約束手形を木村支店長から騙取しようと考え、同支店長に対し、右約束手形を今週中に割引いてその金を控訴人に差入れるから約束手形は自分にまかせろと申入れて、割引先に同行する風を装つて、右約束手形のうち五通を受取り、同人を途中に待たせておいて、予め電話で依頼しておいた森本友達方に赴き、割引を依頼して交付し、続いて翌二三日偽造にかかる前記中島貫名義の印顆を使つて、同人名義の右約束手形一五通の預り証を偽造し、前記坂本一郎をしてこれを木村支店長に交付せしめて、同人をして真正な中島貫作成の預り証と誤信させ、これと引換に前記約束手形一五通のうちの残りの一〇通を受取らしめ、これを更に坂本一郎から受取り、これをも他に割引のため交付したこと、控訴人は右約束手形一五通のうち一〇通については所持人等に事情を話して回収することができたが、残り五通(満期日はうち一通は昭和三一年四月一二日、その他はいずれも同月二日のもの)(甲第二号証ないし第六号証)については回収ができず、当時所持人となつた藤原藤二郎(満期日昭和三一年四月一二日のもの)、株式会社平和ビルブローカー(満期日同月二日のもの二通)、株式会社日証(満期日同月同日のもの二通)から手形金請求の訴訟を提起され、前二者については控訴人は藤原藤二郎及び株式会社平和ビルブローカーとの間において、訴訟外で手形金額二〇〇万円及び四〇〇万円を昭和三三年七月五日、同年八月一二日夫々同人等に支払い、株式会社日証との間の訴訟についても訴訟外においてその頃手形金額合計四〇〇万円を支払う(この金員は弁論の全趣旨をもあわせ考えると、控訴人主張のとおり株式会社日証が右手形を自己の裏書人である訴外山田源治郎に右手形金請求訴訟中交付したため、控訴人は株式会社日証との約束で同訴外人に支払つたものと認められる)ことによつて示談が成立して訴訟が解決したこと、控訴人は右各訴訟に先立ち、右約束手形五通を満期日に支払のため呈示をうけたので、不渡処分を免れるため尼崎信用金庫から昭和三一年四月二日及び同月一二日合計金一、〇〇〇万円を借りて銀行協会に供託したが、右のとおり手形金請求訴訟事件が解決するまでの間、右金一、〇〇〇万円の借入金に対する利息として昭和三一年四月二日から昭和三三年一二月三一日までに合計金三、〇七五、三六〇円を同金庫に支払つたこと、控訴人は右手形金請求訴訟に応訴するため神戸弁護士会所属弁護士下山昊に訴訟代理を委任し、その費用及び報酬等として同弁護士に合計金五九万円を支払つたこと、右各費用等の支払は夫々手形金支払請求訴訟事件の経過よりして、また、銀行取引停止処分を免れるため、避けることのできなかつたものであることを認めることができる。前記当審及び原審証人中村勇の各証言、原審証人木村仁郎の証言、及び当審証人松浦重行、根塚繁夫の各証言中以上の認定に反する部分は措信しえない。

(二)  しかして、控訴人と木村支店長との間において被控訴人自身が割引くという手形割引契約が締結されたことを認めるに足る証拠はないばかりか、前記のとおり、木村支店長が控訴人振出の右約束手形一五通を他で割引くことの依頼をうけてこれを承諾したものと認めるのが相当であるから、控訴人主張の手形割引契約に基づいて、その履行を求める請求は、その他の点について判断するまでもなく、失当である。

また、控訴人は前記約束手形一五通を木村支店長に割引のため交付するに際し、控訴人と木村支店長との間において、昭和三〇年一二月二四日までに割引ができないときには、同支店長は控訴人に右約束手形一五通を同月二五日には返還することを約したものであると主張するが、前記認定のように、木村支店長は控訴人に対して右約束手形一五通をある会社の取引銀行に対する手形割引の枠内で割引くことを承諾し、その割引期限を昭和三〇年一二月二四日、同期限までに右の趣旨にそつて割引ができないときには、割引のできない手形について直ちに控訴人に返還するべきことを約したものである。そうすれば、この期限は手形の割引契約の割引のための期限、及びそれに付随して手形の返還の時期をきめたものであつて、この割引契約の主張をしないで、これとは別個独立の約束手形の割引ができないときには、昭和三〇年一二月二五日約束手形を控訴人に返還すべき契約があつたと認めるに足る証拠はないから、この控訴人の主張も採用することができない。

(三)  そこで、進んで、控訴人主張の民法七一五条に基づく請求について判断する。

被控訴人が「預金の受入、資金の貸付又は手形の割引及びこれに付随する業務その他」を営むことをもつて事業目的とするものであることは、相互銀行法二条に定めるところであるが、被控訴人の南田辺支店は大阪市阿倍野区桃ヶ池町に所在し、ここを中心として被控訴人の事業に属する事業を営み、木村仁郎は昭和二九年一〇月末から昭和三〇年一二月二四日まで同南田辺支店長として同支店の営業行為一切を担当していたことは≪証拠省略≫によつて認められる。前記一五通の約束手形はいずれもいわゆる融通手形であつたことは前認定のとおりであるが、融通手形の割引は被控訴人はしない建前になつていること、控訴人は被控訴人南田辺支店とは本件割引契約まで全く取引関係をもたず、かかる初参の客から手形の割引依頼をひきうけることは被控訴人としてはしない建前であること、手形(商業手形)の割引料は相互銀行である被控訴人は大蔵省の指導で日歩三銭二厘以上はとれないこと、木村支店長は右約束手形の割引の引受について当然相談すべき立場にあつた同支店長代理享保正に相談しなかつたばかりか、被控訴人本店にも報告しなかつたこと、銀行取引において預金の限度を超えて割引くときには、担保物を提供させ、取引約定書をかわした後なす建前になつているのに、本件においては、このような手続が全然なされていないことは、原審証人享保正、背尾忠雄、木村仁郎の各証言及び弁論の全趣旨によつて認めることができる。右に認定した事実及び前記一、二(一)において認定した事実関係の下においては、木村支店長が前記約束手形一五通の割引の斡旋を引受け、且つ、これ等約束手形を山崎規男に引渡した行為は、被控訴人の業務の適正な執行行為ではなく、被控訴人の内規、慣行に違反してなされた行為ではあるが、なお木村支店長は右手形割引の結果、その割引金を同支店に預金して貰えるものと考え、被控訴人の利益のためになしたものであるから、広義においては、相互銀行法二条にいわゆる「手形割引及びこれに付随する業務」の職務範囲内の行為と認むべきである。ところで、前認定のように、(イ)木村支店長は控訴人に対し、ある会社の取引銀行における手形割引の枠内で割引くことを約したのであるから、自ら又は第三者をして右銀行で手形を割引くよう取計らうべきであるのに、ただ慢然と山崎規男に割引のため約束手形を交付し、割引先について確かめる等の注意さえをも払わず、また、(ロ)木村支店長は控訴人に対し、他で割引くことの依頼をうけた右約束手形を第三者に渡さないことを約したのであるが、この趣旨は約束手形をそれと引換に割引金を貰えないような身許の確実でない第三者に渡さないことを約したものと解すべきである(そうでないと、控訴人が手形割引の斡旋を木村支店長に依頼している趣旨と矛盾することになる)が、山崎規男、坂本一郎の身許について何等調査せずに、ただその言うままに信じて、前認定のとおり、手形を詐取しようと計画していた山崎規男に右約束手形を割引のため交付するという破目に陥つてしまい、(ハ)右約束手形一五通の合計金額は金三、〇〇〇万円にものぼり、前記南田辺支店としてはかなり高額の取引に相当するのであるから、これ等約束手形の割引の斡旋にあたつては、木村支店長としては、その所属の南田辺支店の調査機関の総力を結集して、前記割引先、山崎規男の身許等について普通以上の詳細な調査をなすべきであるのに拘らず、これ等に意を尽さず(以上(イ)(ロ)(ハ)に記載の注意義務を木村支店長が尽さなかつたことは前記乙第六号証、原審証人木村仁郎の証言によつて認めることができる)、そのため、割引金を得ることなしに手形が第三者の手に渡り、控訴人は右約束手形一五通のうち五通につき満期日に支払のため呈示をうけたので、不渡処分を免れるため銀行協会に金一、〇〇〇万円を供託せざるを得なくなり、また続いてこれ等手形の所持人から手形金請求訴訟を起されたため、結局前記合計金一三、六六五、三六〇円の支払を余儀なくされ、同金額相当の損害を蒙むつたものである。そうすれば、右損害は被控訴人の被用者である木村支店長が被控訴人の事業の執行について控訴人に加えた損害であるから、被控訴人は右損害を賠償すべき責任がある。

ところで、被控訴人が右損害につき、金一、〇五八、三四〇円の支払をしたことは、控訴人の主張するところである。

三、従つて、被控訴人は控訴人に対し、金一二、六〇七、〇二〇円及び内金一、〇〇〇万円に対する供託金一、〇〇〇万円を借りた日の後である昭和三一年四月一三日以降、残額金二、六〇七、〇二〇円に対するこれを請求する旨記載した昭和三四年二月一〇日付請求の趣旨訂正申立書が被控訴人に送達された日の翌日である同月二一日(このことは本件記録上明らかである)以降、各完済にいたるまで、民法所定年五分の遅延損害金を支払うべき義務がある。そうすれば、これと趣旨を異にする原判決は不当であつて、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条、一九六条一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安部覚 裁判官 松本保三 鈴木重信)

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